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オヒアレフア |
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オヒアは環境が異なると、外観を変えるという話を前回しました。ハワイミツスイのように、ひとつの種が短い期間で自然環境に適応し、形態的、生理的に分岐して進化することを適応放散と言います。オヒアの場合はこの逆で、ひとつの種が分岐(分化)することなく、いくつかの違いを内包しながらも、さまざまな環境に適応して定着しました。
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溶岩平原に根づいたオヒア(1)
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溶岩平原に根づいたオヒア(2)
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オヒアは、たっぷりの陽射しを必要とする木(陽樹)ですから、本来であればオヒアの森の木陰に育つ木(陰樹)と交替するのですが、交替すべき木が出現しなかったため、自ら新たな環境に対応し、形や性質を変えて生き延びてきたのです。ハワイ諸島は絶海の孤島ですから、生態系的には貧弱で、たまたまそこに根づいた植物がその地域で寡占状態になることはよくあることです。その結果、オヒアは生理的に可能な限界まで分布を広げることになり、溶岩平原のような乾燥と強風が支配するところから湿原まで、あらゆるところに進出していきました。ハワイの植生を調査したある報告書によると、オヒアがそこで優占的な位置を占めているケースが20%もあることが判明しました。ちなみに、オヒアの学名はMetrosideros
polymorphiaと言いますが、polymorphiaには「多様な」という意味があります。
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溶岩平原に林を作りはじめたオヒア(1)
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上にも書いたように、オヒアは陽差しを好む木なので、ひとたび森林を形成して林冠が閉じた状態(木が密生した状態)になると、陽の当たらない林床には新たなオヒアは誕生しません。では、なぜ、今日いたるまでオヒアの森は存在しているのでしょう。いまから50年ほど前、ハワイ島ではオヒアの森が一斉に枯死するという現象が起きました。原因がわからず、このままでは数十年でオヒアの森は消滅すると言われましたが、オヒアの森はいまも維持されています。
第一世代のオヒアが一斉に枯れたあと、再び一斉に芽を出し、第二世代のオヒアの森が誕生するのです。
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溶岩平原に林を作りはじめたオヒア(2)
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オヒアの森が更新されるとき、以前とまったく同じ性質の木が出現するわけではありません。これまでとは異なる環境に、もっとも適した形に自らを変えていきます。異なる生育環境に応じた適応を行っているのです。最終的に安定した森林を形成するはずの木がないため、オヒアが遷移から極相林までの、すべての役割を引き受けているのです。
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オヒアの森(カウアイ島ピヘア)
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溶岩平原というのは無味乾燥な大地に見えるかもしれませんが、実際には植物の栄養素が豊富に含まれています。乾燥し、強風が支配する土地に種が根づくためには、一定の土壌が必要となりますが、オヒアやオヘロなどは根の部分に樹液を滲ませ、わずかな土をゴムのように固めて拡散を防ぐという知恵を働かせています。こうして、たとえば写真のキプカ・プアウル公園のように、樹高30mにもなるオヒアの巨木が出現しました。
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オヒアの巨木(ハワイ島キプカ・プアウル)
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土地はやがて次第に痩せていき、湿原のように極端に栄養素の貧弱な場所(バイオマスが小さい)ところでは、オヒアは成長を阻害され、わずかな高さにしかなりません。島をひとつの単位として見た場合、カウアイ島のオヒアは平均樹高が6m程度しかないという報告もあります。オヒアの木に咲くオヒアレフアの蜜はハワイミツスイ、なかでもアパパネの大事な餌ですが、ハワイの自然はこの木を通して多様な景観を作り上げてきたと言えるでしょう。
次回は、一時ハワイで暮らしたこともあるマーク・トゥエインのお話です
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