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ハワイ語が変化するきっかけとなったカメハメハ大王 |
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ハワイ語は独立した言語ではなく、ポリネシア文化圏の一言語であるということを前回お話ししました。ハワイで使われていることばは、遠く南アジアのマレー半島から西回りに北上してハワイまでやって来たとされています。
たとえば「目」ということばは、マレー語、タヒチ語、フィジー語、トンガ語ではすべて mata といい、ハワイ語では「t」の音が「k」に代わるので maka となるものの、ほぼ同じ単語です。「魚」はマレー語では ikan 、フィジー語、トンガ語では ika 、タヒチ語、ハワイ語では i'aとなります。青森弁と鹿児島弁よりも差異は小さいと言えるでしょう。しかし単語が同じでも文法構造は必ずしも近いとは言えません。マオリ語とタヒチ語、ハワイ語などは比較的よく似ていますが、フィジー語とはあまり共通性がありません。
ここで少しタヒチ語とハワイ語の特徴を見ておきましょう。数々の例外はあるのですが、基本的に少しの約束事を抑えておけば、大半は同じ語源であることがわかります。たとえばタロイモの taro は kalo となりますが、語源はまったく同じです。綴りが異なるのは、ハワイ語に「t」「r」の音がないためです。(*1) 同じことは「s」と「h」との関係にもあります。
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リリウオカラニが書いた「アロハオエ」の歌詞 |
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しかしながら、こうした発音上の「揺らぎ」は時代を下るにつれて消滅し、今日にある音韻体系に集約されていきました。結果的にハワイ語は、「a,e,i,o,u」という5つの母音と、「h,k,l,m,n,p,w」のアルファベット、そして「‘(オキナ/グロッタル)」を加えた8つの子音で構成されるようになったのです。ハワイ語の発音はこれら13の文字表記によって行われますが、このほかに、母音の上につけて長母音にする記号「  ̄ (カハコー)」もあります。オキナもカハコーも、それがあるとないとではまったく別の意味となるので、省略しないで書くべきです。(*2)
*1 ただし、厳密に言えば、カメハメハ1世の時代には、「k」と「t」は渾然一体としており、彼の名は、「カメハメハ」と発音しても「タメハメハ」と発音しても構いませんでした。
*2 ブラウザでのフォント表記の制限があるため、この特集では画像で表現するようにしていますが、ときおりカハコーを省略していることをご了解ください。
たとえば kao の場合は、なにも補助記号が付いていない場合は「(魚を突く)ヤス」となり、 は「〜のひとつ」、 は「混んでいる」、 の場合は「乾燥した」といったように、まったく異なった意味となってしまいます。そのほかにも、「w」の発音上の注意や、アクセントの付く位置、少ない濁音、表記されない「y」の役割など、ハワイ語の発音さらにいくつかの約束事がありますが、他の言語と較べると、比較的わかりやすい構造と言えます。
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ペトログリフの脇にアルファベットで書かれたハワイ語 |
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広いポリネシアのなかで、長い歳月を経てもことばがそれほど変化しないのはなぜでしょう。ココヤシを例にこのことを考えてみましょう。ココヤシはフィジー、サモア、トンガ、ハワイでは niu、クック諸島では nu と言います。ココヤシの原産地は南アジアに近い太平洋東部ですが、ポリネシア圏では、フィジーからサモア、トンガを経てクック諸島、タヒチ、マルケサス、そして最後にハワイに伝来したと考えられます。
島から島へと、人の手によって植物や動物が渡るとき、今日のような大量輸送手段はありませんから、持ち物は厳選されました。ちなみに、タヒチからハワイに持ちこまれた植物は20数種と言われています。植物はそのひとつひとつが、食用、染色、薬用、器、建材、楽器など、多くの用途に使われました。言い換えるなら、応用の利く植物を厳選して持ちこんだのです。
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M.K.プクイが編纂したもっともスタンダードなハワイ語辞書 |
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niu ということばは単に植物を表すだけでなく、多くの役割を果たしました。ココナッツ一般を指すときは
niu でも、花が咲く頃のココナッツは
、乾いたココナッツの実は、葉の主脈は、釣り糸に使っていたココナッツの繊維は
poli、葉の付け根の肉厚部分は というように、ひとつの植物名からさまざまな派生語が生じたのです。限られた素材をさまざまな生活用途として活用して暮らさなければならない小さな島では、それが生活の基本だったと言えます。
niu ということばは、生活のなかのさまざまな場面で使われたため、他の単語に置き換えるという作業はそう簡単には行えなかったように思われます。
文字を持たなかったポリネシア人は、ことばと思考の関係を変えるという決断は、よほど大きな理由がなければ行わなかったと言ってよいかもしれません。ちなみに、ハワイの歌が歌詞を2度繰り返すことが多いのは、しっかりと相手に記憶してもらうという意図もありました。
次回はマカプウ岬についてお話しします。 |