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ハレマウマウ・クレーターの上にたなびくガス |
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ポリネシアではどの島にも部族の祖と呼ばれる存在がいます。アオテアロア(ニュージーランド)のマオリにとってはパイケアであり、トンガにとってはアホエイであり、タヒチにとってはタハキでした。ハワイにはハロアという人物がいますが、他の島々ほど大きな影響力を持っていたようにはみえません。彼以上に圧倒的に大きな存在感を持っていたのは、火の女神ペレでした。ハワイにはポリネシア諸島に源を発する四大神(カーネ、カナロア、クー、ロノ)がおり、いまも一部では信仰の対象となっています。しかし、今日ではペレやマウイのほうがそれらの神より知名度は高いでしょう。
ペレという単語をハワイ語の辞書で調べると火山を指すとあります。それ以外にも「穴に住む女性」とか「大地を食べる女性」などの意味があります。突きつめると、ペレとはキラウエアのハレマウマウ・クレーター、あるいはマウナ・ロアのモク・アヴェオヴェオ・クレーターに当時はあった溶岩湖と、そこから流れ出した溶岩流を指して用いられたことばだということがわかります。
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ボルケーノハウスに飾られたペレの絵 |
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ペレは神話のヒロインとしてよく知られていますが、それ以前に、溶岩そのものをペレと呼んでいたことが重要です。ペレにまつわる多くの神話は当時の溶岩活動とハワイ人社会との関係を表したものと言えるからです。ちなみに、ペレには「カヒキから来た女性」という意味もあります。直訳すると「タヒチから来た女性」という意味になりますが、この場合はおそらく「他の土地から来た、人智では計り知れない存在」とでも訳すべきでしょう。カメハメハ大王が現れるまで、つまり18世紀までのハワイ諸島では、キラウエアだけでなく、マウナ・ロアやコナ側のフアラライも溶岩を流していましたし、マウイ島のハレアカラも噴煙を上げていました。つまりキラウエアより西の火山も、回数は少ないですが噴火活動を続けていたわけです。彼らが「ペレ(火山活動)は遠くから順番にやってくる」と考えたとしても不思議はないでしょう。
神話の世界のペレはいかなる存在なのでしょうか。彼女は大地を司るハウメア(パパ)という母親と、天空を司るカーネ・ホアラニという父親の間に生まれた子どもです。ペレには、噴煙を司るカモホアリ・イ、噴火を司るカポホイカヒオラ(カポハイカヒオラ)、火の雨を降らせるケウアケポ(ケウアアケポ)、雷を司るカーネ・カヒリなど11名(*1)の兄弟と、カヌーを破壊する火の目を持ったヒイアカ・マコレ・ワワヒ・ワア(マコレ・ナヴァヒ・ワアア)、ペレに愛された末妹のヒイアカ・イカポリオ・ペレ(ヒイアカ・ホーイケ・ポリ・ア・ペレ、あるいはヒイアカ・オピオ)など8名(*2)の姉妹がいます。
*1 5名という説もあります。
*2 9名から30名以上までいくつかの説があります。
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夜明け前の海岸を覆う溶岩 |
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ペレを含む兄弟姉妹はカヒキ(タヒチ)からやってきたとされますが、先に述べたように、火山活動の脅威が生み出す圧倒的なパワーは初めからハワイ諸島にあったのではなく、他の場所からもたらされたと信じられていたようです。ただし、すべての兄弟姉妹が火山に関係のある名前を持つわけではなく、たとえばケオアヒ・カマカウアはザトウクジラの姿をしていたとされています。これらの名前はハワイに独自のものというわけではなく、ポリネシアの他の島にその起源を求めることのできるものも少なくありません。
カヒキからやってきたペレは兄弟姉妹とともにニホア島へ、次にニイハウ島を訪れました。それらの島は住むには適さなかったので、今度はカウアイ島へ渡りました。ここも終の棲家とすることはできず、さらにオアフ島へ渡りますが、この島も安住の土地とはなりませんでした。ちなみに、彼女はそこが住むのに適しているかどうかを手にした杖(パオア)で確かめるのですが、そのとき、大地には洞窟やクレーターなどが誕生したと言われています。
ペレは最後にマウイ島に上陸し、ハレアカラの火口を住まいとします。しかし、土地の神の逆鱗に触れ、戦いの末に殺されてしまいます。死んだペレの霊(ウハネ)はこの地を離れ、ハワイ島のキラウエアにあるハレマウマウ・クレーターに安住の地を見いだします。フラの関係者がここを聖地とし、展望台でフラを捧げるのは、このような神話的背景があるからです。
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ハワイの文化とペレの関係を伝える絵本 |
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ペレの足跡は、ハワイ諸島が誕生した科学的背景に似ていると説く者もいますが、数十万年から数百万年前に起きた事実を、島の誕生史に結びつけて考えたとは思えません。とはいえ、突然のように噴火が起きて溶岩流が流れ出すという現象は、島社会にとっては恐怖であったことでしょう。ペレの気まぐれな性格、怒りやすく荒々しい性格は、島民たちがこうむった災害を擬人化したものであることは疑いありません。
次回は神話の世界を通じてペレと人間社会がどのようにつながっていたかをお話します。 |