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ハワイ島の溶岩流地図 |
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ペレにはいくつもの名前があります。ペレ・ホヌア・メア(聖なる島のペレ)、ペレ・アイ・ホヌア(島を食べるペレ)と呼ばれるときは、火焔を上げ島をむさぼり食う象徴となります。ペレは火山の支配者で、人々は決して彼女に逆らうことはできませんでした。彼女が怒ると燃え上がるような炎の女性か焔そのものとなります。霊としての彼女の聖なる名前はカ・ウラ・オ・ケ・アヒ(炎の赤)と言われます。
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ペレの好物とされるオヘロの果実 |
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溶岩流の図を見てもわかるように、ハワイ島でいまも噴火活動をつづけているキラウエアやマウナロア、あるいはフアラライは、山頂から海岸線に至るまで無数の溶岩を流して来ました。苦労して開墾した畑は消滅し、集落は壊滅状態に陥ったことでしょうから、火山活動(ペレ)への畏れと戦きはきわめて深刻なものだったに違いありません。
そのペレがハレマウマウ・クレーターに住むという言い伝えの背景には、19世紀までクレーター内に溶岩湖が存在していたことと大きな関わりがあります。グツグツと煮え立つ溶岩は、まるで意志を持ったように動き回ったからです。作家のマーク・トウェインはこのように書いています。「ペレの釜戸から噴き上がる熱のせいで、われわれは茹で上げられた卵のような状態だった。(中略)何世紀もの昔、イスラエルの民が砂漠をさまよい歩いていたときに彼らの行くべき道を照らし出した火の柱と同じ光景に違いない。」トウェインにとってもなお、その光景は旧約聖書の神の業を思い起こさせるほど神々しく映ったのでした。
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ボルケーノハウスにあるペレを刻んだ暖炉 |
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その10数年後に同じ場所を訪れたイザベラ・バードもまた、ハレマウマウ・クレーターの驚異を次のように書きとめています。「すると突然、頭上に、それも目の前で血糊のような塊が空高く噴き上げられた。わたしたちはハレマウマウの縁に立っていたのだが、10メートルほど下にある溶岩湖から噴水のように溶岩が噴き出したのだった。あのときはだれもが悲鳴をあげ、泣いていた。しかし、口を開く者はいなかった。この地上に新たにもたらされた恐怖と、壮観さに、だれもが声を失ってしまったのだった。それは想像を絶しており、筆舌に尽くしがたく、見る者の目に焼き付く光景だった。それは一瞬のうちに感覚と魂のすべてを奪い去り、日常的発想をひっくり返してしまう。それはまさに、底なしの穴だった。」
火山の驚異は脅威でもあり、また畏敬の念を抱くものでもあったことがこれらの文章から伝わってきます。まして、近代科学とは無縁の、孤島暮らしをしてきたハワイの人々にとっては、神の行為以外の何ものにも見えなかっただろうことは想像に難くありません。
彼らの伝説によれば、ペレは背が高く美しい若い女性か、皺だらけで腰の曲がった老女に扮し、ときどき白い犬を連れて現れると言います。ペレを知ることは畏れを知ること。ハワイ人は活発な活動と頻繁な地震が起きるハワイ島を前にして、自分たちの弱さを知らされるとともに、自然に対して謙虚であるとともに注意深くあることを学んだのでした。
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ペレとナマカオカハイとの戦い |
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火の女神ペレの神話は火山活動の圧倒的な迫力によって誕生したと言えるかもしれません。前回お話ししたペレがハレマウマウ・クレーターに住むに至った神話には別のストーリーもあります。ペレはタヒチで生まれましたが、子どもの頃から火を扱う能力に長けていたため、彼女の小父にあたるロノマクアが火を扱う秘術を教えました。ペレにはナマカオカハイという長姉がおり、彼女は水を操ったため、二人はいつも衝突していました。
話はここでさらに2つに分かれます。ひとつはペレが姉との衝突に嫌気が差し、あるいは闘争に負け、タヒチを出たという話です。もうひとつはナマカオカハイとともに、新世界を求めて旅立つというものです。サメの神でもある兄のカモホアリイなど、前回紹介した多くの兄弟姉妹とともに旅をつづけ、ついにハワイ諸島を発見するという物語です。
ハワイに到着したあと、両親から託された妹ヒイアカ(イカポリオ・ペレ)が卵から誕生します。ヒイアカとペレの美しさに心を奪われたナマカオカハイの夫であるアウケレ(ヌイアイク)は、この2人を妻にめとってしまいます。ナマカオカハイがこれを知って激怒したことを知ると、アウケレは姿を消してしまいますが、怒りの矛先はペレに向かい、彼女は2度の戦いの末に殺され、ハレマウマウ・クレーターにその霊魂(ウハネ)がさまよう結果となったのです。
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カマプアアを描いた本 |
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ペレにはカマプアアという夫がいたという物語もあります。カマは子ども、プアアはブタを意味します。カマプアアは見た目に美しい青年ですが、怒るとヤツメウナギならぬヤツメブタに変身し、形勢が危うくなるとフムフムヌクヌクアプアア(タスキモンガラ)に変身して海に逃げ込みます。彼はハワイ島でペレとその姉妹が火の舞いを踊っているのをみます。これを縁にふたりは結婚しますが、やがて諍いが起きます。ペレの身勝手な性格に愛想を尽かした夫の怒りが原因とも言われていますが、物語の粗筋も結果も数多くあるため、噴火活動から得たイマジネーションがこれらの物語を生んだと考えたほうがよいでしょう。
ペレはいまもハワイの人々にとって特別の存在であり続けます。噴火が起きると御神酒を捧げたり、フラやチャントを捧げたり、あるいはオヒアレフアの花や豚肉を捧げたりするのは、こうした物語とともに暮らしてきたハワイの人々の信仰心でもあるのです。
次回はハワイの食卓ではおなじみのポキについてお話しします。 |