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内部にハート型の仁が2つ入ったククイの実 |
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ククイはトウダイグサ科の常緑の高木で、成長すると20mを越えることもあります。ハワイ諸島では比較的低地に生育します。ククイはポリネシア人が持ちこんだ植物で、ハワイに自生していたものではありませんが、ハワイ州の木として広く知られています。ククイがハワイ州の木に認定されたのは1959年のことですが、それより30年以上も前の1923年にモロカイ島の木に制定されています。ククイはハワイ諸島に移り住んだ人々が日々の暮らしに欠かせぬ植物としてこの木を重要視したためです。キャンドルナッツで知られる実はもちろん、枝、葉、花、幹、さらには根に至るまで、あらゆる部分が人々の暮らしに深く関わっていました。
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小さな花が集合して咲く |
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ククイの万能ぶりはヤシの木に匹敵します。実(仁)はハワイに鯨油がもたらされるまで灯火の燃料として使われてきました。仁の油分は全成分の50%以上にもなり、生でもライターであぶると点火します。ハワイ人の日常生活では乾燥させたり絞った油を用いました。洞窟遺跡などでは大量のククイの燃えかすが発見されています。この油はロミロミ・マッサージ用オイルとしても欠かせぬ素材となっています。
仁は便秘薬としても使われました。また、この仁に塩をからめて炒めたものはイナモナと呼ばれる調味料になりました。殻付きの実はレイに用いられます。ハワイ王朝時代には、年に約4万リットルのククイの実を肥料用として輸出したこともありましたが、手間の問題もあり長くは続きませんでした。
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独特の形をした明緑色の葉 |
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まだ青い実を搾ったものは切り傷の手当に、樹皮は赤色の染色と薬用に、花は絞って口内炎などの治療に用いました。葉や茎も薬として用いられたほか、レイの素材にもなりました。材(幹)はカヌーのブイや漁網の浮き、火熾し用具などに、根は黒と茶色の染料や薬用に用いられました。 ククイはタヒチやトンガではトゥイトゥイ、マルケサスではフイトゥイと呼ばれているように、ポリネシア人の文化に大きく関わってきました。和名をククイノキ、あるいはハワイアブラギリといいます。学名は Aleurites moluccana と言いますが、 Aleuritesには「小麦粉」とか「白い粉を塗った」という意味があります。近くで見てもあまり感じないでしょうが、少し離れて眺めると明るい緑色の葉は光を受けて銀色に輝くため、森のなかでも目立ちます。これは、クロトンやタピオカなど、トウダイグサ科の植物の特徴でもあります。
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実の中身と葉 |
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葉は小さなときには目立ちませんが、やがてカエデのように三裂します。樹皮はサルスベリやグァバに似て滑らかです。花はマンゴーに似ていますが、マンゴーが少し黄味を帯びているのに対して、ククイは白や淡いピンクの花を咲かせます。 ククイは信仰の世界でも重要な役割を果たしました。炎から生じる煤は神々への祈りを込めて描く刺青の染料となりましたし、仁は魔除けとして用いられました。油の放つ腐臭が災難を遠ざけると信じられたためです。ククイには濁りを取り除くという意味もあります。植物の樹液は水に落とすと溶けるか拡散するのですが、ククイ・オイルは水に垂らした油のように、決して混ざり合うことはありません。
ハワイの創世を語る『クムリポ』という叙事詩がありますが、このなかでも、ククイは「われわれ人間を護る木」と呼ばれています。タヒチでも「われわれの土地に光をもたらす木」と言われていますので、ククイはポリネシアの精神世界にも欠かすことのできない木だったということがわかります。
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内部の仁 |
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最後にククイの巨樹を見られるポイントをいくつか書いておきましょう。ハワイ島ではエイミー・グリンウェル民族植物園やマヌカ・ネイチャー・トレイルで出会えます。マウイ島ではワイヘエ渓谷の奥にあるククイの森が壮観、オアフ島はホノルルにククイ通りがあるほか、オーデュボン植物園にも見事な枝振りのククイがあります。ホノルルの北側に伸びるコオラウの山々にもククイはよく見られます。モロカイ島のプコ・オに広がるククイの森も神秘的な雰囲気が漂っています。カウアイ島ではリマフリ・ガーデンに立派なククイの木があります。 トップページの画像はエイミー・グリンウェル民俗植物園の入口にたつククイの巨樹です。
次回は通巻100号を記念した特別編として、ハワイの「昨日・今日・明日」を、ゲストをお迎えしてお伝えする予定です。 |