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デートリッヒ・バレス作の「太陽を捕まえたマウイ」 |
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マウイという名前はハワイ諸島の島の名前ですが、もうひとつ、神の名としても知られています。マウイはヒナという月の女神の子どもで、怪力の持ち主だったとされています。マウイに関する神話は、ハワイだけのものではなく、ポリネシアの島々に広がっていて、人の暮らしに関わるさまざまな物語が今日に残されています。今回はそのなかから代表的な話をご紹介します。これらはいずれも口承伝説ですから、紹介した物語とは異なる話も多数伝わっています。たいせつなことは、彼らの神話は現実の世界に起きていたことを反映しているということです。たとえば、川に怪物がいて暴れるという話は、その川が増水したり、氾濫を起こすことがあって、人々の暮らしにダメージを与えたことを間接的に表現したものです。神話は神話にすぎませんが、神話を通じて、その背景を読み取ることができれば、ハワイの隠れた歴史を知ることができます。
かつてのハワイでは太陽の動きがあまりに速すぎ、人々は一日の仕事を満足にこなすことができずに困り果てていました。これを聞いたマウイが母のヒナに相談すると、ヒナはハレアカラに住む祖母を訪ねるように言います。祖母はマウイに智恵を授けました。彼はハレアカラの火口に潜み、太陽が昇ってくると同時に組み伏せてしまいます。恐れをなした太陽は、今後ゆっくりと空を移動することを誓い、その後人々は幸せに暮らしたという話です。太陽を捕まえたマウイの話は、数あるマウイ神話のなかで、もっともよく知られた物語と言えるでしょう。ちなみに、ハレアカラとは「太陽の家」という意味です。
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ワイルク川にかかるレインボーフォールズ |
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マウイは、オアフ島の西端に伸びるカエナ岬で釣り糸を垂れ、遠くに浮かぶカウアイ島を釣ってオアフに近づけようとしたという神話もあります。釣り糸は途中で切れてしまいましたが、針先にカウアイ島の一部がひっかかり、それがこの岬に残ったのだと言われます。その名残りとして「カウアイの石(ポーハク・オ・カウアイ)という岩がいまも岬に残されています。
ハワイ島のヒロにはワイルクという名前の川があり、川の河口近くにはマウイのカヌー岩があります(一番下の画像参照)。この名前は次の神話に由来しています。ワイルク川をもう少し遡るとワイアーヌエヌエ(レインボー滝)という大きな滝が現れます。この滝の裏には巨大な洞窟があり、かつてここではマウイの母である女神ヒナが住んでいて、カパ(布の一種)を作っていました。洞窟からはヒナが木の棒で樹皮を伸ばす音が一日中聞こえていました。ところが、この女神にいたずらをする不届き者がいました。川の上流を住みかにしていたモオ・クナという名のトカゲの怪物です。モオは上流から大岩を転がし、ヒナのいる洞窟の入口を閉ざしてしまったのです。身の危険を感じたヒナは息子のマウイに助けを求めました。隣のマウイ島に住んでいたマウイは愛用のカヌーに飛び乗ると、わずか2かきでヒロに到着し、ワイルク河口にカヌーを乗り捨てると、川を遡ってトカゲを退治しに向かいました。トカゲは身の危険を察知し、さらに上流の岩陰に隠れましたが、マウイが近づくと、別の岩陰へと次々移動しました。しかし、ついに見つかり退治されてしまいます。このときにできた川底の岩穴はボイリングポットと呼ばれ、いまも盛大に泡を出しています。
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ココナッツ・アイランド |
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同じヒロの物語です。ヒロの海岸からすぐ目と鼻の先にココナッツ・アイランドと呼ばれる小さな島があります。島には橋がかけられていますので、陸路で渡ることもできるほどの距離にあります。あるとき、マウイは兄たちとともに魚釣りにでかけたが、兄たちはマウイを一人前に扱わないため、彼は密かに手に入れた大物釣りの針を釣り糸につけて投げ入れたところ、とてつもない大物が釣れてしまいました。彼は兄たちに全力で引くように言い、釣り上げるまで決して獲物を見ないように訴えました。しかし兄たちはあまりの重さに思わず後ろを振り向いてしまいました。すると、そこにあったのは巨大な島でした。しかし、振り向いてしまったため、釣糸は切れ、せっかくの大物は再び海に沈んでしまいました。このとき針に残ったわずかな破片がココナッツ・アイランドとなっていまの場所に残ったのだとされます。
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アラエ・ウラ(バン) |
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昔、人は火の熾し方を知りませんでした。しかしアラエ・ウラ(和名はバン)と呼ばれる鳥はその知識を持っていました。マウイと兄たちはなんとかして火の熾し方を知ろうと鳥たちに接近しましたが、鳥は頭がよく、彼らが隠れていることを察知すると、決して火を熾すことはしませんでした。しかし、策略を立ててひとり隠れたマウイはついに鳥を捕まえ、火の熾し方を白状させたのでした。アラエ・ウラのウラとは「赤い」という意味ですが、彼らはいつも火を扱うので赤くなったと言われます。(※火の点いた枝で火傷をしたから赤くなったという話もあります。)
マウイには絶世の美女として知られるイアオという娘がいました。彼は娘にプウオカモウイという恋人ができたことに腹を立て、男を殺そうとします。火の女神ペレはマウイに、彼は自分の知人でもあるから命だけは助けて欲しいと頼みますが、なかなかうんと言いません。これを聞きつけた娘のイアオも父に嘆願します。マウイは「わかった望みを叶えよう」と答えますが、非情にも娘の恋人を岩に変え、「これでいつでも彼を見ることはできるだろう」と娘に言い捨てたのでした。太陽を捕まえて人々の暮らしをよくしたり、母ヒナを災難から救ったときのよいイメージが崩れてしまうような話ですね。マウイが変えたその岩は、西マウイにあるイアオ・ニードル(イアオ針峰)のことだと言われます。
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マウイのカヌー岩 |
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マウイに関する物語はこの他にも数多く存在します。冒頭にお話ししたように、物語はその土地、時代、語り部の種類によってさまざまに変化します。また、マウイ神話はハワイ諸島だけでなく、ポリネシアの他の島々にも浸透しています。文字のない世界での神話は、それゆえ、過去を知る貴重な資料としていまも多くの研究が行われています。
トップページの写真はハワイ島ワイルク川にあるボイリング・ポットです。次回はオアフ島のカエナ岬についてお話する予定です。 |